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平成22年度定例会報告
過去に行なわれたファイナルステージを考える会以外の活動の報告です。

グリーフケア”悲しみを 「すこし和らげる」「ちょっと減らす」「瞬間忘れる」” 工夫

第五回「音楽で偲ぶ」
■開催日 2010年8月21日(土)
■場所  『久留米大学福岡サテライト』ルーム
■講師  お話していただく方 清水大一郎さん

♪8月の定例会の報告をいたします。
8月の定例会は、「音楽で偲ぶ」というテーマで、当会の世話人で清水クリニック院長の清水大一郎さんにお話していただきました。
1.音楽療法とは
音楽療法とは音楽を聞いたり演奏したりする際の、生理的・心理的・社会的な効果を応用して、心身の健康の回復、向上をはかる事を目的とする、健康法ないし代替医療あるいは補完医療です。音楽療法は、歌唱や演奏を行う能動的音楽療法と音楽を聴くなどの受動的音楽療法の2つに分かれます。
清水さんは、小山ムツコさんの病状が進んだ2000年3月頃から自分のグリーフの為に歌唱という能動的音楽療法を選択されました。悲しみの三部曲が自然と決まりましたが、小山さんが亡くなった日は練習していたにもかかわらず涙の為に歌えなかったそうです。
2.小山ムツコさんとの出会い
讀賣新聞に掲載された小渕義輝記者の文章を引用します。
  「余命6か月」と宣告された女性には、とても見えなかった。
  1993年7月26日。福岡市南区で痛み止め専門のペインクリニックを開業している清水大一郎(56)は、当時のことを今も覚えている。
  つえをついてはいたが、しっかりとした足取りでクリニックの玄関をくぐった。友人の紹介で来たことを説明した後、彼女は自分の余命を告げ、「痛み止めの治療をお願いします」と頭を下げた。
  小山ムツコ、当時50歳。福岡市のテレビ局の元アナウンサーで、退職後はイベント企画会社を手がけていた。乳がんで「余命6か月」との告知を受けてたのは同年の4月。クリニックを訪れた時はすでに「あと3か月の命」だった。
  末期がん患者の治療経験はあった。しかし、患者本人から直接治療を頼まれたことはなかった。
  骨に転移し、本来なら病院のベッドで過す時期なのに、小山の表情には人なつこい笑顔が浮かんでいた。清水は「不思議な人だな」と思った。
  診療時間が終わった午後6時過ぎ、清水と小山、その友人ら4人で近くの料理屋へ行った。小山は和食をぱくぱくと食べ、酒も勢いよく飲んでみせた。「本当に末期がん患者なのだろうか」。そう考えると、笑みがこぼれた。
  しばらくすると、小山が静かに口を開いた。
  「病院に入ったまま残りの人生を過すのはイヤ。やりたいことをやって、自分らしく生きていきたい」
  3.ファイナルステージを考える会
  「残された人生をいかに生きるか」という点で小山らと考えは一致し、意気投合した。そして自分たちの考えを発信し、理想を実現するためのグループをつくろうという話になった。人生の最終舞台について考える ――。
  出会いから一年後の年でした。
  4.傾聴力養成講座
  1996年10月、「不安や孤独に苦しむ末期がん患者らにそっと寄り添い、患者の話に耳を傾けて欲しい ―― 医療者や家族にもいえないこの苦しい、辛い胸の内を聞いて欲しい」小山さんの体験を通して、傾聴者を育成する必要性を実感したことがきっかけで誕生しました。
  5.余命6ヵ月から読む本
  小山さんは、自立・自律した大人の患者となり、医療を患者の側に取り戻すこと。「そのためにも必要な情報を患者が得られるようにすることが大事」。すなわち、自分らしく生きる末期がん患者の自立と納得した死の迎え方を、仲間と一緒に一冊の本「余命6ヵ月から読む本」(海鳥社)1998年に表わしました。
  6.心・元気病棟
  患者の視点に立った治療の為の医療ではなく安らかに死を迎えるためのホスピス的な空間づくりに動き出しました。1997年9月から金隈病院「心・元気病棟」がオープンしました。
  7.ハワイ旅行
  1998年、青山学院大学ミニ同窓会にてハワイ旅行。岩崎ら、3人の援助のもとに。
  8.ストレッチャーにて講演・陳情
  1998年6月、右大腿骨病的骨折、同年11月右脛骨病的骨折の為、骨結合術を受ける。
  その為、座位での移動が困難となり、1999年3月の講演はストレッチャー付き介護タクシーにて会場まで移動でした。
  同年12月には、山崎市長に市民病院に緩和ケア病棟の新設の要請をされました。これが公の場での最後の活動となりました。
  9.悲しみの三部曲
  2000年2月浜の町病院入院、病状徐々に悪化していく。患者であり、同志であり、姉の様な小山さんとの別れが近づいてきていました。悲しみを歌唱で少しでも癒されればと思い歌い、最後に残った曲は三部曲でした。
  @フォーククルセイダーズ 「悲しくてやりきれない」
  Aビリーバンバン     「さよならをするために」
  B中島みゆき       「時代」
  「悲しくてやりきれない」は、♪悲しくて悲しくてとてもやりきれない この限りないむなしさの救いはなんだろう 深い森の緑に抱かれ 今日も風の歌にしみじみなげく 悲しくて悲しくてとてもやりきれない この燃えたぎる苦しさは明日も続くのか
  「さよならをするために」は、♪暖かな昼下がり 通り過ぎる雨に ぬれることを夢にみるよ風にふかれて 胸に残る想い出とさよならをするために
  「時代」は、♪まわるまわるよ時代はまわる 別れと出会いをくり返し 今日は別れた旅人達も生まれ変わって歩き出すよ 今日は倒れた旅人達も生まれ変わって歩き出すよ
  この三部曲を歌うと、徐々に心が落ち着いてきて少しずつ力が湧いてくる気がするそうです。
  今は、在宅で末期がんの患者さんを看取った後も、よく歌っているそうです。ただし、落ち込みが激しい時は、歌う気にもならないそうです。
  10.最後に
  2000年7月24日 享年57歳小山ムツコのお別れ会が開かれ、読経の代わりにピアノ演奏、弔辞の代わりに生前の活動のビデオ上映がされました。

おすすめ紹介
A5判 284P
(本体1800円+税)
A5判 104P
(本体952円+税)
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