ホーム | サイトマップ | プライバシーポリシー | リンク・著作権・免責事項 | お問い合せ
平成22年度定例会報告
過去に行なわれたファイナルステージを考える会以外の活動の報告です。

グリーフケア”悲しみを 「すこし和らげる」「ちょっと減らす」「瞬間忘れる」” 工夫

第一回”悲しみを 「すこし和らげる」「ちょっと減らす」「瞬間忘れる」” 工夫をお聞きする
 
■開催日 2010年4月25日(土)
■場所  『久留米大学福岡サテライト』ルーム
■講師   ファイナルステージを考えいるなごみメンバー
              
下坂祐子さん
               杉永茂久さん

              
坂井久美子さん

 ♪4月の定例会の報告をいたします。
 
今年度は、「“悲しみをすこし・ちょっと・瞬間〜和らげる・減らす・忘れる工夫”『グリーフケア』」を学んでいくことになりました。
4月は、「“悲しみをすこし・ちょっと・瞬間〜和らげる・減らす・忘れる工夫”をお聞きする」というタイトルで、「なごみの会(当会の大切な方をなくされた方々の会)」のメンバーの3人の方にお話をしていただきました。今回お話をしていただいた方々は、みなさん最後まで自宅で大切な方を介護し看取られました。三人共、当会の世話人の清水先生の往診を受けていらっしゃったので、皆さんのお話の前に当時の病状について紹介がありました。その後に皆さんに当時の思い出を話して頂き、大切な方を亡くされて後どのような日々を送られているかを話して頂きました。その内容を少しご紹介いたします。
<下坂祐子さん>:夫を8年前に腎臓がんで見送られた(享年62歳)。大好きだった自宅で227日間を過された。「ひとりで介護は大変では」とのアドバイスで、訪問看護師やボランティアに自宅に来てもらった。御主人をなくして1人になった時に、時間をすべて夫の介護に使っていたので、24時間がとても長くどうしたらいいのか分からなかった。また、悲しみの中でも様々な手続きを何もかも1人で行わなくてはいけない事はとてもつらかった。
少し落ち着いたときに、夫の生前から続けていた絵手紙を書こうと思いたった。今まで一番先に絵手紙を見てくれていたのは夫だったので、夫に向って書いた。そんな時、ファイナルの定例会に参加するように勧められ、なごみの会や食事の会にも参加した。定例会はつらいテーマの時もあったけれど、少しずつ心が慰められていった。また、岩崎さんから勧められ絵手紙の講師を引き受け教え始めた事が今もまだ続いている(8年目)。絵手紙はハートドクターと言われている。絵手紙が、今の自分にとってエンドレスのグリーフケアとなっていると思う。ファイナルの方々、絵手紙教室の方々との出会いは、夫が残してくれた大きな財産だと思っている。
<杉永茂久さん>:妻をS字状がんで見送られた(享年68歳)。16日の自宅での生活。手術を受けてからの経過は良好だったが、腰痛が出現し、検査で全身への転移が見つかった。妻は転移の事も知らされた。その後、痛みと発熱で再入院をしたが、症状は緩和できなかった。緩和ケア病棟を探すように言われた時、妻が大好きな自宅に帰ることを決意した。娘が介護休暇を取って帰って来てくれたので、食事の準備や身の回りのことはしてもらえた。妻は、亡くなる前日までいつもと同じように皆と話をしていたので、その日の夜中に旅立つとは思っていなかった。皆が眠っている(娘は妻の横に寝ていた)明け方に1人で静かに旅立った。昼間皆が側にいる時であれば、手を握ってあげる事もできたのではないかと思うとかわいそうに思えるし、悔いが残っている。
13年間単身赴任をしていたので、現在1人になっても自分の身の回りのことは自分でできている。ただ妻の物を片づける事が出来ないでいる。こんな時、男が先に行った方がいいなと思う。最近の日課は、娘が連れてきた犬の散歩や、島原でサッカーチームに入っているので試合に出たり、妻の姉たちを病院に連れて行ったり、パラグライダーで風と戯れたりしている。また、月に一度なごみの会、ファイナルの定例会、食事会に参加することで心が癒されている。44年間の結婚生活で、妻は頑固者の自分を上手く持ちあげてくれ、子育ても立派にやってくれ心から感謝している。もっといろんな事をしてあげたかったとの悔いはたくさん残っている。今はお墓に向かって「ごめんね」と言っている。 
<坂井久美子さん>:夫をすい臓がんで見送られました(享年66歳)。33日間の自宅での生活。病気が分かって手術を行ったが腫瘍を取ることはできず、余命3カ月と言われた。放射線の治療と抗がん剤の治療を行い、抗がん剤の治療は副作用の為に中止となった。民間療法などを調べて良いと思われることは何でもした。また思い出をつくるために旅行にも行った。紹介された日に清水先生が訪問して下さり、夫はとても安心したようだった。夫は歌がとても好きで自分の葬儀の時に、自分の歌を流したいとの思いを持っていた。そこでファイナルの岩崎さんの知り合いのスタジオで、マイウェイを歌いCDに録音することができた。食欲がなくなってゆく夫に対して、さまざまな工夫もした。今思うとよくあんなことが思いついたなと感じる。夫が亡くなってからの三年間は、妹が家に来てくれたり、伯父達が毎日電話をして励ましてくれたりしていた。その後突然、その妹が亡くなり、また可愛がってくれた伯父二人も亡くなった。どうして自分にはこんなつらい事ばかり起こるのかとても苦しい思いになった。そんな中、ファイナルの定例会やなごみの会、食事会にも参加し自分の思いを話していた。そして出来る限り自分の生活スタイルを夫が生きている時とは変えず、いつも夫が横にいると思って話しかけながら過した。今でも声に出して話しかけているので、他人が見たら変な人だと思われるかもしれない。今何よりの慰めは、古くからの友人とお互いの夫の命日に電話をかけていろんなことを話すこと。長い時は3時間も話す事がある。またいろんな本も読んでその中で励まされたり慰められたりしている。これからもあまり自分の生活スタイルを変えずに過していきたいと思っている。
  三人の方のお話を聞きながら、大切な方をなくされた悲しみの中で、できる限り今までの生活スタイルを変えずに生きていこうと努力されている事や、自分ひとりの世界に閉じこもらずに周囲の方と関わるようにされている事を知りました。

 三人のお話の後に、当会の代表世話人の岩崎さんより「グリーフの考え方をめぐって」とのテーマで話をしてもらいました。この中で三人の方に共通するものとして、セルフヘルプサポートとしての「なごみの会」が情緒的サポートの役割を果たしているのではないかと思いました。




おすすめ紹介
A5判 284P
(本体1800円+税)
A5判 104P
(本体952円+税)
Copyright (C) 2005 The meeting which considers a final stage. All Rights Reserved.